pix
 前橋まるごとガイド   english
pix
観光情報 コンベンション情報 フィルムコミッション情報
pix
観光スポット まつり・イベント 自然 グルメ&物産 体験・レジャー 歴史 湯どころ 宿泊 交通アクセス
トップページ >> 歴史 >> 前橋城 
 
◆前橋市の歴史
◆人物 ------------
◆楫取素彦
◆上泉伊勢守信綱
◆萩原朔太郎
◆建物 ------------
◆前橋城
◆臨江閣
 
  前橋城址  
     
■関東の華 前橋城 旧前橋城イメージ図
かつて家康をして「関東の華」と言わしめた前橋城。その歴史は15世紀末までさかのぼります。 前橋城の起源は諸説ありますが、厩橋城(のちの前橋城)の前身とされる石倉城は、長野氏の支城であり、天文3年の利根川氾濫によって流れてしまった石倉城の、無事であった三ノ丸を基にして長野賢忠(固山宗賢)によって再築された城が、厩橋城と呼ばれるようになったと言われています。(笠間明玄や太田道灌による築城という説も残っているそうです)
厩橋城は、越後の長尾景虎(後の上杉謙信)の関東進出の拠点となり、その後北条高広や、滝川一益、北条氏直など、様々な人物が城主となります。
江戸時代に入り、初代厩橋藩主であった平岩親吉が甲府藩へ移されると、徳川家の重心であった酒井重忠が入城することとなりました。この際、家康は重忠に、「なんじに関東の華をとらせる。」といったと伝えられています。
 
    (上写真:旧前橋城イメージイラスト)
 
■幾度も前橋城を襲った暴れ川「利根川」
 酒井重忠は城の大改修を行い近世城郭へと変貌させ、城には3層3階の天守も造営されました。下馬将軍として知られる酒井忠清(さかい ただきよ)から忠挙(ただたか)にいたる、17世紀中頃から18世紀初頭、厩橋の地は「前橋」と名を改められ、城も「前橋城」と呼ばれるようになります。
そんな華々しい城の歴史とは裏腹に、前橋城や周辺一帯は暴れ川として知られる利根川によって、度重なる氾濫と洪水の浸食を受け続けていました。17世紀後半になると利根川の洪水により城の崩壊が進み、18世紀初頭には、本丸の移転を余儀なくされてしまいます。
18世紀には酒井氏が転封となり、親藩である松平朝矩(まつだいら とものり)が引き継ぎました。度重なる利根川による被害に、前橋城は修復を重ねますが、松平家の川越への転封を契機に、 明和6年(1769年)に三重櫓の天守閣、大手門などが取り壊され、廃城となってしまいました。
 
 
廃城となって約100年、前橋城の再築と取り壊し
  横浜開港に伴う生糸貿易により活況を呈した前橋に、前橋城再築の案が持ち上がります。当時江戸幕府は既存の城の増改築すらほとんど認められない中、万が一江戸が外国によって攻撃された時の避難路として利根川を利用でき、 申し出ている前橋城を、江戸城に変わる要塞とする案が幕府内で浮上し、幕府がこれを許可したことで、廃城から100年の時を超えて、前橋城の再築が始まりました。
再築された前橋城は当時の日本の技術の粋を集めた要塞となり、坪数は旧前橋城とほぼ同等ながらも非常に近代的な造りで、建物が塀で囲まれ、その外側には土手やお堀がはりめぐらされ、土塁の要所要所に砲台が設置された強靭な城となりました。
ところが城の完成からわずか4年後、明治維新による廃藩置県で、前橋城は真っ先に取り壊しが決定し、莫大な費用をかけて作られた前橋城は、再び姿を消したのでした。
 
  【上図】再築された前橋城の見取り図(拡大できます)
     
 
■県庁として使われた本丸御殿
 前橋城が取り壊されたとき、本丸御殿だけは取り壊しを免れました。この本丸御殿を昭和初期まで前橋県庁として、また府県統合により群馬県が成立した後は群馬県庁の庁舎として、老朽化で取り壊される昭和3年まで使用されていました。
現在はその本丸御殿の跡に建てられた旧庁舎「昭和庁舎」と、隣には、地上33階、地下4階の群馬県庁が置かれています。二の丸の跡地には前橋市役所が、三の丸跡地には前橋地方裁判所が置かれています。堅牢な土塁の痕跡も、群馬県庁の周りで見ることができます。
 
   
     
 
旧前橋城土塁跡  前橋市大手町
前橋公園の親水公園上にある土塁跡、これは再築後の前橋城の土塁の跡地であり。いまも実際に登ることができる。春には桜が満開になり、見物客でにぎわう人気スポットとなっています。

【写真左:前橋公園側からみた土塁跡】
【写真右:土塁に咲く桜。実際に土塁の上を歩くことができます】
 
前橋城址の碑  前橋市大手町    
前橋城再築に尽力した松平直克の項を偲び建てられた碑が、土塁の中腹に建てられています。


【写真左:群馬県警察交差点の角の土塁から上れます】
【写真右:前橋城址碑】
 
旧前橋城土塁跡A 前橋市大手町  
前橋公園と同じく再築後の土塁跡を見ることができる。この土塁は県庁の裏手をぐるりと囲っており、青々しい松が植えられています。

【写真左:県庁表側の土塁跡】
【写真右:県庁昭和庁舎裏手の土塁跡】
 
前橋城車橋門跡  前橋市大手町    
前橋城の三の丸城門にあたる車橋門跡の石積みを見ることができ、実際に歩いて通過することができます。この車橋門は、酒井忠清によってそれまでの冠木門(2本の柱の上に横木を通した門)から、櫓の2階を通って門の左右に渡る渡櫓門に改築されたものです。現在の門跡は、区画整理によって当時の位置より西側の台石が8m東に移動されています。  
風呂川   前橋市内 準備中 準備中
前橋城内からの生活用水を流していた用水路が、今でも風呂川として市内を流れています。  
 
 現在は度重なる空襲や近年の市街化、区画整理などにより、ほとんどその姿を残していないといわれる前橋城ですが、じつは空堀の跡は、るなぱぁくや前橋公園となり、おぼろげにその形を残していたり、群馬県警察西側の土塁の切れ目は本丸北の高浜門跡であったりと、僅かながらその存在を感じることができます。
 
     
     
   
     
 
●公共交通ご利用のご案内
   ・マイバス(市内循環バス)
   ・JR前橋駅からバス(群馬中央バス 新前橋駅西口ゆき)で10分。遊園地坂下にて下車、徒歩5分。
●車利用のご案内
   ・北関東自動車道前橋南I.Cから約20分
   ・関越自動車道前橋I.Cから約10分
   ★駐車場:駐車場は敷地内北東側10台程度。他、隣接の前橋公園駐車場も利用可
 
     
     
 
      トップページへ戻る  
pix
 
  公益財団法人 前橋観光コンベンション協会  

概要・沿革
会員紹介・会員募集
協会だより
公開情報ダウンロード
書式ダウンロード
メディア紹介実績
 
フィルムコミッション情報
お知らせ
制作者の皆様へ
ロケーション紹介
ロケ実績一覧
サポーター募集のご案内
関連リンク
 
         
     
             
pix
お問い合わせは下記まで
公益財団法人 前橋観光コンベンション協会(月-金8:30〜17:15) TEL027-235-2211

本サイト上の文書・画像などの無断使用・転載、二次利用を禁止します。